29:

591

<症 例報告>

髄 液 診 断 で Amyloid
足立
下手
<要

約>

angiopathy
智英
公一

と考 え られ た 再 発 性 脳 出 血 の1例

小林 祥泰
恒松徳五郎

山下

一也

ア ミ ロ イ ドア ン ギ オ パ チ ー に よ る脳 出 血 は 脳 葉 型 が 多 く, 再 発 を 繰 り返 す の を 特 徴 と して

い る. 我 々 は 視 床 出 血 を 初 発 と した cystatin C沈 着 型 ア ミ ロ イ ドア ン ギ オ パ チ ー と考 え られ る 再 発 性 脳
出血 の1例

を 経 験 した の で 報 告 す る. 症 例 は, 73歳 男 性. 既 往 歴 は 昭 和60年 よ り糖 尿 病, 痛 風 を 指 摘.

家 族 歴 は 父 が く も膜 下 出 血, 母 が 脳 卒 中 で 死 亡. 昭 和63年10月,
診. 右 小 脳 失 調 を 呈 し, 頭 部CTで

歩 行 障 害, 構 語 障 害 に て 発 症 し 当 科 受

左 視 床 出 血 を 認 め 当 科 入 院 加 療. 平 成 元 年7月15日,

痙 攣,

意識 障

害 に て 発 症 し来 院. 高 血 圧 の 既 往 な し. 来 院 時, 一 般 内 科 所 見 は 正 常. 意 識 は譫 妄, 右 弛 緩 性 片 麻 痺 を
認 め た. 眼 球 位 置, 瞳 孔 正 常. 他 の 脳 神 経 系 に は 異 常 な し. 右 下 肢 で 腱 反 射 亢 進, Babinski
尿 失 禁 を 認 め た. 血 圧162/80mmHg,

血 液 検 査 で は 血 糖275mg/dlと

反 射 陽 性.

高 値 以 外 は 正 常. 頭 部CTに

頭 葉 皮 質 か ら皮 質 下 に 脳 出 血 を 認 め た. 当 科 で 測 定 した 髄 液 cystatin

Cは68ng/mlと

て左前

低 値 を 示 し,

cystatin C沈 着 型 ア ミ ロ イ ドア ン ギ オ パ チ ー が 疑 わ れ た. 本 例 で は 初 回 の 視 床 出 血 も ア ミロ イ ドア ン ギ
オ パ チ ー の 可 能 性 が 高 く, 高 血 圧 の 既 往 の な い 高 齢 者 の 脳 出血 で は, 常 に ア ミ ロイ ドア ン ギ オ パ チ ー を
念 頭 に 置 く必 要 が あ る と考 え ら れ た.
Key

words:

ア ミロ イ ドア ン ギ オ パ チ ー, 再 発 性 脳 出 血, cystatin C,

高齢 者

症 し当科 受 診. 右 小脳 失 調 を認 め, 頭 部CTで

は じめ に

左 視床

出血 を認 め 当科 入院 加療, 軽 快退 院 した. 平 成元 年7

ア ミ ロ イ ド ・ア ン ギ オ パ チ ー に よ る 脳 出 血 は 脳 葉 型

月15日, 朝8時 頃突 然右 上下肢 に痙攣 が 出現 し, 意識

脳 出 血 が 多 く, 再 発 を 繰 り返 す の が 特 徴 と され て い る.

を消 失 して倒 れ た. 痙 攣 は数 分間 続 き, 歯 を食 い しば

特 に 高 齢 者 で 高 血 圧 の 既 往 の な い 場 合 に そ の頻 度 が 高

り, 四肢 が硬 直 して いた とい う. 近 医の往 診 を うけ,

い と さ れ て い る. 今 回, 我 々 は 視 床 出 血 を 初 発 と し,

diazepam,

髄 液 cystatin Cが 低 値 を示 し, cystatin C沈 着 型 ア ミ

が疑 われ た ため, 当院 搬送. 搬送 中 に も15秒程 度 の痙

ロ イ ドア ン ギ オ パ チ ー と考 え られ る再 発 性 脳 出 血 の1

攣 が2回 お き尿失 禁 を認 めた. 来 院時, 意 識 は譫 妄,

例 を 経 験 した の で 若 干 の 文 献 的 考 察 を 加 え て 報 告 す

右 弛緩 性 片麻 痺 を認 めた が痙 攣 はな か った.

る.

入 院時 現症: 血 圧162/80mmHg,
一 般 内科 的所 見 は正常 だ った.
症

症 例:

73歳,

例

phenobarbital を投 与 され た. 脳血 管 障害

脈拍65毎 分, 整.

神経 学 的所 見: 意識 は譫妄, 発 語 はな し. 眼球位 置
は正常, 眼球 運動 制 限 な し. 瞳孔 は左 右 同大, 対光 反

男 性.

主 訴: 痙 攣, 意 識 障 害.

射 も正常. その他, 脳 神経 系 に異 常 は認 め なか った.

既 往 歴: 昭 和60年 よ り糖 尿 病, 痛 風. 高 血 圧 の 既 往

運 動 系で は右 弛緩 性 片麻痺 を認め, 深 部腱 反射 は上 肢
正 常, 下肢 は右 が亢 進. 病 的反 射 は右 下肢 で Babinski

は な か っ た.
家 族 歴: 父 親 が く も膜 下 出血, 母 親 が 脳 卒 中 に て 死
亡.

反 射 が陽 性. 感覚 系 で は痛 み に対 す る反応 に左右 差 を
認 め なか った.

現 病 歴: 昭 和63年10月,

歩 行 障 害,

構語 障害 に て発

T. Adachi,

K. Yamasita,

K. Shimote,

T.

S. Kobayashi,

Tsunematsu:

受 付 日: 1992.
第3回

島根 医 科 大 学 第三 内科
3.

25,

採 用 日: 1992.

日本 老 年 医 学 会 中 国 地 方 会 推 薦

5.

13

入 院 時検 査 所 見: 白血 球 数11,600/μl, CRP
mg/dlと

3.48

上昇 し, 炎 症所 見 を認 めた. 血 小 板, 凝 固系

は正常. 生化学 所 見 は, 血 糖 が275mg/dlと

高値 を示 し

てい た以 外 は正常 で あ った. 心 電 図 は正常 で左 室肥 大
の所 見 はな か った. また, 胸 部X線

上CTR

47%と 心

29:

592

日本 老年 医学 会 雑 誌

図1

入 院時 頭 部 単純X線CT所

29巻7・8号

(1992:

7・8)

見: 左 前 頭葉 皮 質 か ら皮 質下 に かけ て脳 出血 を認 め た.

拡 大 も な か っ た. 入 院 後, 13日 目に 腰 椎 穿 刺 を 行 い,
髄 液 は 水 様 透 明, 初 圧60mmH2O,
45mg/dl,

糖81mg/dlで

細 胞 数6/3μl, 蛋 白

あ った.

画 像 診 断: 入 院 時 の 頭 部CTで

は左前 頭葉 皮 質 か ら

皮 質 下 に か け て脳 出 血 を 認 め た (図1).
はT2強

頭 部MRIで

調 画像 で 内部 に高 信号 領域 を持 つ 低 信 号 領 域

を 認 め た (図2).

頭 部CT,

MRIと

も に 出 血 周 囲 に脳

浮 腫 は ほ と ん ど 認 め な か っ た. 脳 血 管 造 影 は 左CAG
で は 脳 出 血 の 原 因 とな る よ う な脳 動 静 脈 奇 形, 動 脈 瘤
は 認 め な か った (図3). 123I‑IMP

SPECTで

葉 か ら 側 頭 葉 に か け て hypoperfusion

は左 前頭

area を 認 め た

(図4).
入 院 後 経 過:

意 識 障害 は 入院 当 日中 に ほぼ 清 明 と

な っ た. 右 片 麻 痺 は 入 院 翌 日に は 膝 立 て, 両 上 肢 挙 上
が 可 能 と な り, 2日 間 で 消 失 し, Toddの
れ た. 血 圧 も 正 常 化 した. 入 院 後,

麻 痺 と考 え ら

当科 にて ア ミロイ

ドア ン ギ オ パ チ ー の ス ク リー ニ ン グ と し て 測 定 し て い
る 髄 液 cystatin
値: 70ng/ml以

Cを 測 定 した と こ ろ68ng/ml
上)

(正 常

と低 値 を 示 し, cystatin C沈 着 型

図2

入 院 時 頭 部MRI所

見: 左 前 頭 葉 皮 質 か ら皮 質

下 に内 部 に高 信 号 領 域 を持 つ 低 信 号 領域 を認 め た.

ア ミ ロ イ ドア ンギ オ パ チ ー と考 え られ た.
考

め て い る. 脳葉 型脳 出血 とな る場合 は比 較 的少 な く,

案

10〜25%と

高 齢 者 に お け る脳 出 血 の 原 因 と して は 高 血 圧 が 最 も
多 く, 出 血 部 位 は 大 脳 基 底 核,

小 脳, 脳 幹 が 大 半 を し

されて いる1)〜5). の成
そ 因 と して は, 高血 圧

の ほ か血管 腫, 脳腫 瘍, 動脈 瘤, 脳 動 静脈奇 形, 出血
性 素 因, 抗 凝 固療 法 な どがあり3)〜5), それら
がす べて 否

髄 液 診 断 で Amyloid

図3

angiopathy

と考 え ら れ た 再 発 性 脳 出 血 の1例

29:

593

脳血 管 撮 影 像: 左内 頸 動脈 領 域 に脳 出血 の原 因 とな る動 静脈 奇 形, 動脈 瘤 は認 め なか った.

図4 123I‑IMP脳SPECT:

左 前 頭 部 か ら側 頭 部 に か け て hypoperfusion

area

を認

め た.

定 さ れ た と き ア ミ ロ イ ドア ン ギ オ パ チ ー が 再 発 し 易 い

て は,

脳 出 血 の 原 因 と し て 挙 げ られ る.

ン ドの 遺 伝 性 脳 出 血

脳 出 血 を 起 こ し易 い ア ミ ロ イ ドア ン ギ オ パ チ ー と し

rhage

遺 伝 性 ア ミ ロ イ ドー シ ス の 一 つ で あ る ア イ ス ラ

with

(hereditary

amyloidosis:

HCHWA)

cerebral

hemor‑

の 家系6)と

オ ラ

29:

594

日本 老 年 医 学 会 雑 誌

29巻7・8号

(1992:

1146‑1150,

ン ダ の 家 族 性 ア ミ ロ イ ドア ン ギ オ パ チ ー の 家系7)8)が
知 ら れ て い る. Cohen

ら9)は ア イ ス ラ ン ドの 家 系 で は,

脳 血 管 に ア ミ ロ イ ド蛋 白 の 一 つ で あ る cystatin
沈 着 して い る事 を 報 告 し て い る. ま た,
系 で はHCHWAと

5)

1982.

羽 生 春 夫, 朝 長 正 徳, 吉 村 正 博,
宇:

Cが

山 之 内 博, 勝 沼 英

老 年 者 に お け る 脳 葉 型 出 血,

特 に ア ミロイ

ド ・ア ン ギ オ パ チ ー と の 関 連 に つ い て.

オ ラン ダの家

6: 470‑480,

は 異 な り, ア ル ツハ イ マ ー病 と共

通 の β蛋 白 が 沈 着 し て い る こ と が 見 い だ さ れ て い

7・8)

6) Gudmundsson G, Hallgrimsson
Bjarnason O:

る10). 本 邦 で も藤 原ら11)が cystatin Cの 沈 着 す る ア ミ

J. Jonasson TA,

Hereditary

cerebral

amyloidosis. Brain 95: 387-404,

ロ イ ドア ン ギ オ パ チ ー の 症 例 を 報 告 し て い る.
下 手 ら12)は脳 出 血29例 に つ い て 髄 液 cystatin

Cを

脳 卒 中

1984.

with

1972.

7) Wattendorff AR, Bots GTAM, Went LN, Endtz
LJ: Familial cerebral amyloid angiopathy

測 定 し, そ の う ち15例 で 有 意 に 低 値 を 示 し, 大 部 分 が
脳 葉 型 脳 出 血 で あ り高 血 圧 の あ る 例 は1例
か っ た と して い る. ま た,
血 管 に cystatin
cystatin

Cの

presenting as recurrent cerebral haemorrhage.
Neurol Sci 55: 121-135, 1982.

にす ぎな

2例 は 手 術 時 の 生 検 に て 脳

沈 着 を 確 認 し て お り, 髄 液

8) Luyendijk W, Bots GTAM, Vegeter-van der
Vlis M, Went LN, Frangione B: Hereditary

Cの 低 値 が ア ミ ロ イ ドア ン ギ オ パ チ ー の 生 前

診 断 に 有 用 と して い る.
本 症 例 に お い て も 髄 液 中 の cystatin
と低 値 を 示 し て お り, cystatin

Cは68ng/ml

C沈 着 型 ア ミ ロ イ ドァ

J

cerebral

haemorrhage

caused

amyloid

angioapthy.

J Neurol

by

267-280,

1988.

cortical
Sci 85:

ンギ オ パ チ ー に よ る再 発 性 脳 出 血 と考 え られ る. 本 例

9) Cohen DH, Feiner H, Jensson O, Fragione B:
Amyloid fibril in hereditary cerebral hemor-

は 初 回 の 脳 出血 は 視 床 出 血 で あ り, 本 来 な ら ば 高 血 圧

rhage with amyloidosis (HCHWA) is related to

性 脳 出 血 と考 え ら れ る が, 高 血 圧 の 既 往 は な く初 回 発

the gastroenteropancretic
neuroendocrine protein, gamma trace. J Exp Med 158: 623-628,

作 も ア ミ ロ イ ドア ン ギ オパ チ ー の 関 与 が 示 唆 さ れ る.

1983.

大 脳 皮 質, 皮 質 下 以 外 の 部 位 に ア ミ ロ イ ドの 沈 着 を 認
め る こ とは 少ない13)14)が, 下 手ら12)は cystatin C低 値

10) van Duinen SG, Castano

の脳 出血症 例 の 中に本 例 以外 に も視床 出血 の例 を 認め
て お り, 脳 葉 型 脳 出 血 以 外 に も ア ミ ロ イ ドア ン ギ オ パ

patients of Dutch origin is related to Aizheimer
disease.
Proc Natl Acad Sci USA 84:
5991-5994, 1987.

チ ー に よ る脳 出 血 の 例 が 少 な か ら ず あ る こ と が 予 想 さ
れ る. こ の 様 に 高 血 圧 の 既 往 の な い 高 齢 者 の 脳 出 血 で
は 常 に ア ミ ロ イ ドア ン ギ オ パ チ ー を 念 頭 に 置 く必 要 が
あ る と考 え られ る.

1) Weisberg

LA:

intracranial
422-426,

献

Computerizud

hemorrhage.

tomography

Arch

Neurol

in
36:

1979.

2) 上 村和 夫, 後 藤 勝 弥, 石 井

清, 井 須 豊 彦, 奥 寺 利

男: 頭 蓋 内 出血 と コ ン ピ ュ ータ ー断 層 撮 影. 神 経
進歩

22: 200‑218,

3) Mccormick
brain

1978.
Rosenfield

hemorrhage:

A review

an examination

of their

DB:

Massive

of 144 cases

causes.

and

Stroke

4:

1973.

4) Kase

CS, Williams

JP, Wyatt

DA, Mohr

JP:

Lober

intracerebral

hematomas:

Clinical

and

CT

analysis

藤 原 茂 芳, 下 手 公 一, 小 林 祥 泰, 恒 松 徳 五 郎, 加 川

of

22 cases.

家 族 性 と 思 わ れ る cerebral

Neurology

32:

amyloid

giopathy

の 本 邦 で の1例.

γ‑traceの

学 的 証 明.

臨床神経

453‑458,

12) Simode K, Fujihara
shi S, Tsunematsu

28:

免疫組織化
1988.

S, Nakamura
T:

an‑

M, Kobaya-

Diagnosis of cerebral

amyloid angiopathy
by enzymelinked
immunosorbent
assay of cystatin C in cerebrospinal fluid. Stroke 22: 860-866,
13) Masuda

WF,

946-954,

11)

玲 子:

文

EM, Prelli F, Bots

GTAB, Luyendijk W, Fragione B: Hereditary
cerebral
hemorrhage
with amyloidosis
in

J, Tanaka

K, Ueda

1991.

K, Omae T:

Autopsy study of incidence and distribution
cerebral

amyloid

angiopathy

of

in Hisayama,

Japan. Stroke 19: 205-210, 1988.
14) Tomonaga M: Cerebral amyloid angiopathy
in the eiderly. J Am Geriat Soc 29: 151-157,
1981.

髄 液 診 断 で Amyloid

angiopathy

と 考 え ら れ た 再 発 性 脳 出 血 の1例

29:

595

Abstract

A Case

of Recurrent
Cerebral
Hemorrhage
Angiopathy
by Cerebrospinal

Considered
to be
Fluid
Examination

Tomohide

Adachi,

Kouichi

Syoutai

Kobayashi,

Kazuya

Yamashita,

A 73-year-old man was admitted with gait disturbance
and dysarthria. He showed right-side cerebellar ataxia.
Computed tomography of brain showed left thalamic
bleeding. Nine months later, he was admitted again
because of siezure and consciousness disturbance. He
had a history of diabetes mellitus and gout for five years,
but no hypertension. On physical examination the lungs
and heart were normal. On neurological examination, he
showed stupor. pupils and eye position were normal. He
showed right hemiparesis and urinary incontinence.
The deep tendon reflexes were (+) at the upper limbs
Third

Division

University

of Internal

Medicine,

Shimane

Medical

Shimote

Cerebral

Amyloid

and Tokugorou

Tsunematsu

and (++) at the right knee and ankle. Blood pressure was
162/88mmHg and glucose was 275mg/dl. Other laboratory data were normal. Brain CT showed hemorrhage of
the left frontal lobe. The cystatin C level in cerebrospinal fluid was 68ng/ml. Therefore we suspected
cystatin C deposit amyloid angiopathy. In this case,
thalamic hemorrhage was initially thought to be amyloid
angiopathy. In cases of cerebral hemorrhage in the
elderly without hypertension, we must be considered
amyloid angiopathy.
Key words: Amyloid angiopathy, Recurrent cerebral
hemorrhage, Cystatin C, Elderly
(Jpn J Geriat 29: 591-595, 1992)