29: 677
<症

例 報 告>

左 海 馬 梗 塞 に よ る と 思 わ れ る 健 忘 性 卒 中 の1例
大庭
<要

約>

幸生

山本

清＊

森松

光紀 ＊

症例 は78歳, 女 性. 1991年3月 突然, 時 間, 場所, 家 族 の名 前 な どが わ か らな くな り, つ

じつ まの合 わ ない事 を言 い始 めた た め近 医を経 て当院 に 入院 した. 入院 時 の意識 状態 はJCSで10.
学 的 には右 同名半 盲 と右 手指 巧緻 運動 障害 を認め た. 頭 部CT,

MRIに

神経

て左 側 の海馬, 海 馬傍 回, 海 馬

采 お よび後頭 葉 に梗塞 が 認め られ た. 三宅 式記 銘 力検 査, ベ ン トン視覚 記銘 検査, ウ ェクス ラー記憶 尺
度 な どの記憶 検査 を施 行 した ところ即 時記 憶, 長期 記憶 は比較 的保 た れて いた が短 期記憶 は著 しく障 害
されて いた. 記憶 障害 は9カ 月以 上遷 延 し, 海 馬領 域 の梗 塞 に よる健忘 性卒 中 であ る と考 え られ た. 左
海馬, 海 馬傍 回, 海馬 采領 域 の梗 塞 が健忘 性卒 中 の責 任病 巣 で あ る こ とをMRIに

て 画像 上 明確 に証 明

し, 左一 側性 海馬 とその 周辺 の病 変 のみ で健忘 性卒 中 が生 じ得 るこ とを強調 した.
Key words:

海 馬梗 塞, 記憶 障 害, 健忘 性卒 中, MRI

検査 所見: 血 算, 電 解質, 肝 腎機 能 に異 常 な し. 胸

は じめに

写, 心 電 図, 脳 波 は正 常範 囲 であ った. 発 作後2日 目

記 憶障 害 の責任 病巣 と して海 馬 が重要 視 され て い る
が, 左側 の病 変 のみで 一過 性 の記憶 障害 が 出現 して も,

の頭部CTで

は左海 馬領 域 お よび左 側 の前頭 葉, 後頭

葉 に低 吸収 域 が認 め られ た (図1).

MRI装

置 は島 津

持続 性 の記憶 障害 が 出現す る とい う確 証 はな い. 我 々
は左 側 の海馬, 海 馬傍 回, 海馬 采 お よび後 頭葉 を含 む

SMT‑50

(0.5T超 伝導) を用 いT1強 調 法 は short SE

法 (TR

500ms,

脳梗 塞 に よ り, 右 同名 半盲 と急 性発 症 の記憶 障 害 が遷

(TR 2,000ms,

TE 80ms) にて撮 像 した. 発 作後2日

延 した健 忘性 卒 中の1例 を経験 したの で, 文 献 的考 察

目の頭部MRIで

は水平 断 にてT1強 調 像で 左海 馬, 海

を加 えて報 告 す る.

馬傍 回 お よび左後 頭 葉 に低信 号域 が認 め られ, T2強 調
症

TE

30ms),

T2強 調法 は long SE法

像 で は同部位 が高信 号域 と して認 め られ た (図2).

例

矢

状 断で は左 海馬, 海 馬采 領域 がT1強 調 像 で低 信号, T2

患者: 78歳, 女 性. 右 利 き.

強調 像 で 高信 号 を呈 して い た. またT2強 調像 で左 前

主 訴: 見当識 障 害, 右 上肢 の しびれ.

頭葉 に高信 号域 を認 めた (図3).

家族 歴: 既往 歴 に特記 す べ き こ とな し.
現病 歴: 1991年3月23日 夜, 突然右 手 指 を動 か しに

神 経心 理検 査 は発 症約1カ 月後 に右 手指 の 運動機 能
が ほぼ 回復 して か ら施行 した. 失 語, 失行, 失 認 は認

くい ことに気 付 いた. 時間, 場 所, 家族 の名 前 な どが

め られ なか った. 長 谷川 式痴 呆 ス ケール9/32.5点. そ

わ か らな くな り, つ じつ まの あわ ない ことを言 いは じ

の 内訳 は

めた ため近 医 を受診 し, 同年3月24日

問 に対 して 正答, 数 字 の逆 唱 は3桁 まで 正答, 5つ の

当院 に紹 介 され

た.

出生地 は?

物 品 テ ス トは4問

現症: 血 圧144/90mmHg,

脈 拍80/分, 整.

神経 学的 所見: 意 識状 態 はJCSで10.

,

1年

は何 日です か?

正 解 で あ った. WAISは

, の質
言語 性

IQ88, 動 作性IQは 測 定不 能 であ った. これ はテ ス トに

脳神 経領 域 は

取 り組む 意欲 が 乏 しいた め と考 え られた. 三宅 式記 銘

右 同名 半盲 を認 め る以外 に著変 な し, 運 動系 で は右手

力検 査 では正 答率 は有 関 係対 語 で3.0. 無関 係対 語 で0

指 巧緻 運動 障害 を認 め た. 深 部反 射 正常, 病 的反 射 な
し. 感 覚障 害や 小脳 症状 は認 め なか った. また頸 部血

で あ った. ベ ン トン視 覚 記銘検 査 で は正確 数0,

管 雑音 は聴 取 され なか った.

尺度 は我 が 国で は まだ標 準化 され て いな いた め, 1945

Y. Ohba:
岡 田 病 院 神 経 内 科 (現 山 口 大 学 神 経 内 科)
＊K. Yamamoto,
M. Morimatsu:
山 口大 学 神 経 内 科
受 付 日: 1992.

2.

20,

採 用 日:

誤謬

数11と 視 覚的 記憶 も低 下 していた. ウェク ス ラー記 憶

1992.

5.

27

年 の原著 の拙 訳 を用 いた. 記憶 ス コアは73点 (年齢 修
正で54点 加 算), 記 憶 指数 は64で あ った. サ ブテ ス トの
得点 は個 人情 報0点

(最高6点),

見 当識1点

(5点),

29:

678

日本 老 年 医学 会 雑 誌

図1

頭部CT.

図2

頭 部MRI水

29巻9号

(1992:

9)

左 海 馬領 域 お よび 左側 の前 頭 葉, 後 頭 葉 に低 吸収 域 を 認 め る (矢 印).

平断. 左 海 馬, 海 馬傍 回 お よび 左後 頭 葉 にT1強

調 像 で低 信 号域,

T2強 調 縁 で高 信 号 域 を認 め る (矢 印).

精 神 的 コ ン トロ ー ル6点
点),

数 字 暗 唱9点

想 学 習3点

(13点)

(9点),

(15点),

論 理 的 記 憶0点

視 覚 再 生0点

(14点),

(24

カ月 以上 も健 忘症 状が 遷延 した こ と, 画像所 見 か ら左

連

側 の海 馬 ・海 馬傍 回 ・海馬 采 を含 む多 発性脳 梗 塞 に伴

で 数 字 暗 唱 の よ うな 即 時 記 憶 は 比

較 的 保 た れ て い る が, 短 期 記 憶 は 著 し く悪 い と い う結
果 で あ った.

ま た, 発 症9カ

月 以 上 経 過 して も右 同 名

半 盲, 健 忘 症 状 は 改 善 を認 め な か っ た.

う健忘 性卒 中 と診 断 した.
本例 の健 忘 症状 に特 徴的 な ことは 出生地 は?
年 は何 日?

,

1

な どの長 期記 憶, 数 字暗 唱 な どの即時 記

憶 は比較 的保 た れて いた が, 三宅 式記 銘力 検査, ベ ン
トン記銘 検査 お よび ウ ェクス ラー記憶 尺度 の論 理的 記

考

察

本 例 は 右 同 名 半 盲 と急 性 発 症 の 健 忘 症 状 を 呈 し, 9

憶, 視覚 再生, 連 想学 習 な どの短 期記 憶 の障害 が著 し
か った こと, お よび一 側 性病 変 に もかかわ らず 記憶 障

左 海 馬 梗塞 に よ る と思 われ る健 忘 性 卒中 の1例

図3

頭 部MRI矢

29: 679

状 断. 左 海 馬, 海 馬 采 領域 にT1強 調 像 で低 信 号 域, 2強 調像 で高

信 号 域 を 認 め る (矢印). またT2強

調 像 で 左前 頭 葉 に高 信号 域 を認 め る.

害が9カ 月以上 遷 延 した こ とであ る. 本例 で は左側 の

う こ とが あ る と し て い る. 本 例 も これ に 属 す る と考 え

海 馬, 海馬 傍 回, 海馬 采お よび後頭 葉 に梗塞 が認 め ら

ら れ る. Benson

れ, 記 憶障 害 には 海馬, 海 馬傍 回, 海馬 采 の病変 が 関

は 両 側 後 大 脳 動 脈 領 域 の 梗 塞 に よ る も の で あ った.

与 してい る もの と考 え られ る. さ らに左 前頭 葉 その他

の 後 Mathew

に も多 発性 脳梗 塞 が認 め られた が, 今 回の健 忘発 作 と

も 両 側 後 大 脳 動 脈 領 域 の 梗 塞 が 原 因 で あ っ た. Stein‑

の関連 は薄 い と考 え られた. 海馬 梗塞 と記憶 障害 との

metz

関 係 に つ い て は これ ま で 多 くの 研 究 が な さ れ て き

の の 急 性 発 症 の 健 忘 症 状 が 遷 延 した2症

た1)〜4). Milner ら5)は左側病変では言語性記憶障害が

1例 は 両 側 後 大 脳 動 脈 領 域 の 梗 塞 に よ る も の で あ った

生 じ, 右 側 病変 で は非言 語性 記憶 障害 が 生 じる と報告

が,

ら に よ る最 初 の 健 忘 性 卒 中 の報 告 で
そ

ら121に よ っ て 報 告 さ れ た 健 忘 性 卒 中 例

ら13)は健 忘 性 卒 中 と い う名 称 は 用 い て い な い も
例 を 報 告 し,

1例 は 左 側 の 後 大 脳 動 脈 領 域 の 梗 塞 に よ る も の で

したが, 本 例 では言 語性, 非 言語 性両 方 の記憶 障 害が

あ っ た. 一 方, 健 忘 性 卒 中 と は 異 な る が, 言 語 性 記 憶

認 め られ, 視覚性 記憶 力 も低 下 して いた. 本例 と同様

の み が 遷 延 し た 報 告 例 は 散 見 され14)〜17), 特に米田ら18)

に左後 大脳動 脈領 域 の梗 塞 に よ り記憶 障害 を呈 した報

はMRIに

告 に よれば,病 変 部位 と して優 位側 海馬 が重 要 で あ り,

を 含 む 側 頭 葉 内 側 面 の 梗 塞 を 認 め た 症 例 を報 告 して い

短 期 記 憶 の 障 害 を 主 徴 とす る こ と が 示 さ れ て い

る.

て 左 側 の 後 頭 葉 皮 質 か ら 視 放 線, 海 馬 傍 回

しか し, 健 忘 性 卒 中 の 責 任 病 巣 を 画 像 上 証 明 し た

る6)7). 本例においても記憶検査では長期記憶, 即時記

報 告 は 調 べ た 限 り見 当 た ら な い. 本 例 で は 左 海 馬,

憶 は比 較 的保 たれ て いた が, 短 期記 憶 は著 し く障害 さ

馬 傍 回, 海 馬 采 領 域 の 梗 塞 が 健 忘 性 卒 中 の 責 任 病 巣 で

れて いた. これ まで両 側後 大脳動 脈 梗塞 に よる記 憶 障

あ る こ とをMRIに

害 のみ が遷 延 す る と考 え られ て いた が, Cramon

ら8)

は左側 の病 変 のみ で も記 憶 障害 は遷 延す る ことが多 い

て画 像 上 明確 に証 明 す る こ とが で

き た. 最 後 に 左 海 馬 と そ の 周 辺 の 一 側 性 病 変 の み で 健
忘 性 卒 中 が 生 じ うる こ とを 強 調 して お き た い.

と報告 して い る. 本邦 で も秋 口 ら9)が発 症後5年 以上

文

記 憶障 害 が遷延 した左海 馬梗 塞例 を報告 してい る. 本
例 も発 症9カ 月以上 経過 後 も症状 は不変 で あ り, 左側

1) Dejong

の みの 海馬梗 塞 で も遷延 性 の記憶 障 害が 生 じる と考 え

memory.

られ る.

cal considerations.

脳 梗 塞 に よ り恒 久 的 な 記 憶 障 害 を 呈 す る症 例 は

RN:

The

Clinical

献

hippocampus

and its role in

manifestations
J Neurol

and theoretiSci

19: 73-83,

1973.

ら10)によ り健忘 性卒 中 と呼 ばれ て い る. また,

2) Medina

平井11)によれ ば健忘 性卒 中 は恒 久的 な著 しい健 忘 を主

delirium

徴 とし, 視野 欠損, 色彩失 認, 失読, 語健 忘, 一過 性

hippocampal

視覚 失認 等 の後大 脳動 脈領 域 に関連 した神 経症 状 を伴

gual gyri. Neurology

Benson

海

JL,

Rubino

caused

FA,
by

formation
24:

Ross

E:

Agitated

infarctions

of

the

and

and

lin-

fusiform

1181-1183,

1974.

29:

680

日本 老 年 医 学 会 雑 誌

3) Penfield W, Mathieson
findings

and

G:

comments

CM:

Memory

the

hippocampal

JB, Mancall

loss

formation.

10)

Memory. Autopsy
on

hippocampas in experimential
Neurol 31: 145-154, 1974.
4) Victor M, Angevine

29巻9号

with

role

recall.

of
11)

Arch

lesions

of

DF,

stroke.

平 井 俊 作:

Report of a case with

19: 421-447, 1972.
6) Benson DF, Marsden CD, Meadows JC:

JC:

23:

1973.

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一 過 性 健 忘 と 健 忘 性 卒 中.
南 江 堂,

東 京,

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The

amnesia.

Transient

global

15) Jensen TS, Olivarius B de F:

Tran-

Transient global

1986.

G, Querin F, Pomes A, Piazza

Transient

CH, Yanagihara

1988.

T:

と治 療

EJ, Millikan

Transient

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1990.

1981.

Abstract
A Case

of Amnesic

Stroke

Caused

by

Left

Hippocampal

Infarction

Yukio Ohba*,**, Kiyoshi Yamamoto** and Mitsunori Morimatsu**
A 78-year-old woman was admitted to our hospital
because of acute onset amnesia in March 1991. Neurological examination revealed right homonymous hemianopsia and clumsiness of the right hand. Magnetic
resonance imaging (MRI) demonstrated abnormal intensity areas in the left hippocampus, parahippocampal

ively

hippocampus,

parahippocampal

gyrus, fimbria of the hippocampus and the occipital lobe.
Immediate memory and long-term memory were relat-

hippocampus.

We

*Department

of Neurology, Okada Hospital

**Department

of Neurology, Yamaguchi University

School of Medicine

well-preserved,

but

short-term

memory

rely disturbed.
Her memory disturbance
more than 9 months and she eventually
amnesic

stroke

. According to the MRI findings, the

amnesic

stroke

was produced by infarction of the left

amnesic

stroke

was

gyrus

emphasized
caused

that
by

was seve-

persisted
developed

and fimbria
in

infarction

hippocampal lesions.
Key words:
Hippocampal infarction,
turbance, Amnesic stroke, MRI
(Jpn J Geriat 29: 677-680, 1992)

this
of

for
an

of the

case

an

the

left

Memory dis-