46 : 458 〈症例報告〉 脳卒中様の症状で発症した Creutzfeldt-Jakob 病の 1 例 鴨川 賢二１）２） 戸井 孝行１） 要 約 岡本 憲省１） 奥田 文悟１） 症例は 79 歳の女性．急性の左不全片麻痺と意識障害にて発症し，一旦症状の回復がみられた．そ の後，次第に発語減少，歩行障害が進行し，発症 8 カ月頃よりミオクローヌス，驚愕反応が出現した．プリ オン蛋白遺伝子検査によりコドン 180 変異（Val→Ile）が判明し，家族性 Creutzfeldt-Jakob 病（CJD）と診 断した．頭部 MRI では，拡散強調画像で右大脳皮質の一部にみられた高信号が経過とともに両側大脳皮質 と基底核に拡大した．両側中心回や後頭葉内側，海馬の信号変化は軽度にとどまった．codon180 変異を伴 う CJD では非典型的な臨床経過をとり，選択的な皮質・皮質下病変の進展様式を呈する可能性が示唆され た． Key words：Creutzfeldt-Jakob 病，プリオン蛋白，codon180，MRI，脳卒中様発症 （日老医誌 2009；46：458―461） 緒 現病歴：2007 年 1 月某日の朝より左上下肢の脱力を 言 自覚した．自宅で様子をみていたが，症状の改善はなく Creutzfeldt-Jakob 病（以下 CJD と略す）は亜急性に 経過して認知機能障害，ミオクローヌス，脳波上の周期 歩行も困難となった．夜になり意識レベルも低下したた め，当科に入院となった． 性同期性放電などを主徴とする予後不良な疾患である． 入院時現症：体温 36.5℃，血圧 104! 62 mmHg，脈拍 その初発症状は認知症，精神症状，歩行障害，視覚異常， 78! min，整．胸腹部に異常所見なし．意識レベルは JCS １） 小脳失調など多彩であり，急性発症することもある ． II-10 で，眼位は正中，瞳孔は正円同大，対光反射は正 今回我々は，脳卒中様の症状で発症した codon180 点変 常であった．左中枢性顔面神経麻痺，構音障害がみられ 異を伴う高齢発症 CJD の 1 例を経験した．頭部 MRI に た．左上肢に回内下垂徴候，左下肢に Barr 徴候を認め て特異な経時的変化も確認し，プリオン蛋白の遺伝子変 た．四肢腱反射は左側で軽度亢進していた．足底反射は 異と臨床病型との関連を知る上で貴重な症例と考え報告 左側で背屈を呈した．四肢遠位部のしびれを訴え，両下 する． 肢で振動覚が低下していた．半側空間無視はみられな 症 例 かった．意識状態改善後の Mini mental state examination（MMSE）は 26 点であった． 患者：79 歳，女性，右利き． µ l と減 検査所見：血液検査では血小板数が 7.5×104 ! 主訴：意識障害，左半身脱力． 少し，血糖 210 mg! d l ，HbA1c 8.4％，総コレステロー 既往歴：64 歳 ル 212 mg! d l ，HDL-C 69 mg! d l ，TG 77 mg! d l であっ 特発性血小板減少性紫斑病，77 歳 脳幹梗塞，糖尿病，硬膜・角膜の移植歴なし，輸血歴な た．心電図及びホルター心電図に異常はなかった．甲状 し． 腺機能は正常で，各種自己抗体やウイルス抗体価の上昇 家族歴：CJD なし．進行性認知症なし． もなかった．髄液所見は細胞数 1 ! µ l ，蛋白 37 mg! dl， 生活歴：海外渡航歴なし．喫煙，飲酒なし． 糖 159 mg! d l で，髄液細胞診にも異常はなかった．髄 液 14-3-3 蛋白，総タウ蛋白も陰性であった．頭部 MRI 1）K. Kamogawa, T. Toi, K. Okamoto, B. Okuda：愛媛 県立中央病院神経内科 2）K. Kamogawa：愛媛大学大学院医学系研究科加齢制 御内科学 受付日：2008. 12. 22，採用日：2009. 3. 31 第 19 回日本老年医学会四国地方会推薦論文 では拡散強調画像（以下 DWI と略す）にて右大脳皮質 に沿った高信号を認めた（図 1） ．123I-IMP SPECT では 同部位の血流が低下していた．脳波では一部に徐波の混 入を認めたが，periodic synchronous discharge（以下 PSD と略す）はみられなかった． 脳卒中様の症状で発症した Creutzfeldt-Jakob 病 46 : 459 図 1 入院時頭部 MRI DWI 右大脳皮質の一部に高信号を認める． 臨床経過：入院時は脳梗塞も否定できなかったため， 抗血小板薬による治療を開始した．第 3 病日には意識状 態は改善し，軽度の左錐体路徴候が残存したが自力歩行 は可能となった．確定診断には至らなかったが，本人・ 家族の希望により，3 月にリハビリ病院へ転院となった． しかし，4 月末より次第に発語が減少し，自力歩行も困 難となってきたため，同年 5 月に当科に再入院となった． 第 2 回入院時には，意識は覚醒していたが，自発語は乏 しく，あいさつ程度の発語であった．簡単な命令に従う ことは可能であった．左不全片麻痺，構音障害，動作緩 図 2 頭部 MRI DWIの変化 A：4カ月後．右大脳皮質の高信号が拡大し，右尾状核頭 部や被殻前方，左大脳皮質の一部にも新たな高信号が 出現している． B ：6カ月後．後頭葉を除く右大脳皮質の広範囲に高信号 が拡大し，右尾状核頭部や被殻前方の高信号，左大脳 皮質の高信号も明瞭化している． C ：8カ月後．両側大脳皮質，両側尾状核と被殻，右後頭 葉にも高信号がみられる． 慢，筋固縮がみられたが，ミオクローヌスなどの不随意 運動は認めな か っ た．血 液 検 査 で は，血 小 板 低 値 と なかった．両側中心回や左後頭葉内側，海馬の信号変化 HbA1c 高値以外に異常はなかった．髄液所見に異常は は軽度にとどまっていた（図 2C） ．発症 8 カ月頃よりミ なく，各種ウイルス抗体価の変動もみられなかった．脳 オクローヌスと驚愕反応が出現するようになった．12 波では全般的な徐波化のみで，PSD は認めなかった． カ月頃までが驚愕反応のピークでその後は徐々に軽減し 頭部 MRI では，DWI での右大脳皮質の高信号が拡大し， た．四肢にみられたミオクローヌスも次第に軽減し，両 右尾状核頭部と被殻前方に淡い高信号を認めた．左大脳 側の前腕から手指に限局するようになった．無言状態と 皮質の一部にも高信号が出現した（図 2A） ．MRA や MR なったが，呼名に反応して視線をむけたり，退室時に前 venography では異常はなかった．進行性認知機能障害 腕を挙上し，バイバイのような動作はみられた．経過を を呈する各疾患について鑑別を行ったがいずれも否定的 通して脳波上の PSD は認めなかった．本例は現在も存 であった．プリオン蛋白遺伝子解析では codon129 Met! 命中である（図 3） ． Met，codon219 Glu! Glu で，codon180 に点変異（Val→ Ile）を認めたため，家族性 CJD と診断した．家族のプ リオン蛋白遺伝子解析は施行していない． 考 察 本症例は，左不全片麻痺と意識障害にて急性発症した 発症 6 カ月後の DWI では，後頭葉を除く右大脳皮質 CJD の 1 例である．頭部 MRI では脳幹部や錐体路に一 で広範囲に高信号が拡大し，左大脳皮質にも同様に高信 致した異常信号は認めず，責任病巣は右前頭葉や傍矢状 号がみられた．右尾状核頭部や被殻前方の高信号も明瞭 領域の皮質病変が推測された．発症様式は脳卒中に類似 化した（図 2B） ．8 カ月後には両側大脳皮質の高信号が していたが，MRI 所見は動脈支配域に一致しない高信 より広範となり，右後頭葉にも病変が及んだ．左尾状核 号域であり，脳梗塞としては非典型的であった．脳梗塞 頭部，被殻前方にも高信号が出現した．両側の側脳室体 の他に脳炎，脳症や CJD などの可能性は否定できなかっ 部や下角の拡大はみられるが，大脳皮質の萎縮は目立た た．MRI 以外には CJD を疑わせる所見に乏しかったが， 46 : 460 日本老年医学会雑誌 46巻 5 号（2009：9） ま と め 脳卒中様の症状で急性発症した CJD の 1 例を報告し た．プリオン蛋白遺伝子検査にて codon180 変異を認め た．頭部 MRI 拡散強調画像では両側大脳皮質と基底核 に高信号が拡大したが，中心回や後頭葉内側面，海馬の 信号変化は軽度にとどまった．Codon180 変異を伴う CJD では非典型的な臨床経過に加えて，選択的な皮質・ 皮質下病変の進展様式を呈する可能性が示唆された． 謝辞：プリオン蛋白遺伝子解析をして頂きました東北 大学大学院医学系研究科附属創生応用医学研究センター 図 3 臨床経過 プリオン蛋白研究部門 CJD 早期診断・治療法開発分野 の北本哲之先生，髄液 14-3-3 蛋白・総タウ蛋白を測定し その後の臨床経過と DWI 高信号域の拡大から，プリオ て頂きました長崎大学医学部第一内科の佐藤克也先生に ン蛋白遺伝子解析を行い，最終的に V180I 変異 CJD と 深謝致します． 診断した．高齢発症の孤発例で，脳波上の PSD を認め ２） 〜９） ないことは，既報告例とも類似している ．脳卒中様 本論文の要旨は第 19 回日本老年医学会四国地方会 （2008 年 2 月 9 日 松山）にて発表した． １） １０） に急性発症した報告もあるが ，一旦症状の回復をみ た例はない．本例では 1〜2 カ月の経過で症状の再燃を 認め，その後の経過は進行性であった． 近年，CJD の早期診断における DWI の有用性が報告 されている１１）．V180I 変異 CJD においては発症早期よ り，臨床症状とは不釣り合いに大脳皮質が華々しい高信 号を呈し，T2WI よりも DWI の方が皮質病巣の検出に 優れるとされている９）１２）．また本例のように，初期には 片側もしくは非対称性病変であっても，経過とともに対 称性となることも多い．DWI と髄液検査との比較診断 も検討されている１３）．MRI での信号変化と病理所見を対 比した報告は少ないが，ミクログリアの増生１４）や synapse 終末の vacuolation change１５）などが推測されてい る． 本例のもう一つの特徴として DWI 高信号の進展様式 が挙げられる．皮質病変は片側の側頭―頭頂葉や島皮質， 前頭葉の一部から始まり，次第に拡大しながら対側にも 拡がった．大脳基底核領域は皮質病変より数カ月遅れて 片側の尾状核頭部や被殻前方が侵され，経過とともに対 称性となった．初期には後頭葉内側面は保たれていたが， 発症 8 カ月頃より片側から出現した．著明な大脳皮質の 高信号のなかで両側中心溝付近の信号変化は末期におい ても比較的軽度であった．これまでにも本例のように中 心回皮質は相対的に保たれたとする報告もある２）５）．この ような選択的な皮質・皮質下病変の進展様式は V180I 変異を伴う CJD に特徴的である可能性もあり，今後の 症例の蓄積が望まれる． 文 献 1）Brown P, Cathala F, Castaigne P, Gajdusek DC: Creutzfeldt-Jakob disease: clinical analysis of a consecutive series of 230 neuropathologically verified cases. Ann Neurol 1986; 20: 597―602. 2）Hitoshi S, Nagura H, Yamanouchi H, Kitamoto T: Double mutations at codon 180 and codon 232 of the PRNP gene in an apparently sporadic case of Creutzfeldt-Jakob disease. J Neurol Sci 1993; 120: 208―212. 3）Ishida S, Sugino M, Koizumi N, Shinoda K, Ohsawa N, Ohta T, et al.: Serial MRI in early Creutzfeldt-Jakob disease with a point mutation of prion protein at codon 180. Neuroradiology 1995; 37: 531―534. 4）松村多可，小島 進，黒岩義之，高木昭夫，海上雅光， 北本哲 之：プ リ オ ン 蛋 白 codon129 の 多 型 と codon180 の点変異を伴った Creutzfeldt-Jakob 病の剖検例．臨床 神経 1995; 35: 282―285. 5）小林俊輔，大内敏宏，真木寿之：特異な MRI 所見を呈 し，プ リ オ ン 蛋 白 遺 伝 子 codon180 の 点 変 異 を 認 め Creutzfeldt-Jakob 病と考えられた 1 例．臨床神経 1997; 37: 671―674. 6）岩崎 靖，曽根美恵，加藤武志，吉田英治，印東利勝， 吉田眞理ほか：プリオン蛋白遺伝子 codon180 の点変異 とことなるアリル上に codon129 の多型をとも な っ た Creutzfeldt-Jakob 病の臨床病理学的特徴．臨床神経 1999; 39: 800―806. 7）田中健之，木下郁夫，斉藤勇二，佐藤克也，西浦義博， 調 漸ほか：Codon180 の点 変 異 を 認 め た Creutzfeldt-Jakob 病の 1 例．脳神経 2004; 56: 1025―1028. 8）鈴木一成，松村典昭，鈴木達也，中野博司，永山 寛， 横尾英明ほか：プリオン蛋白遺伝子 codon180 の点変異 と codon129 の MV 多 型 を 伴 っ た Creutzfeldt-Jakob 病 の 1 例．日老医誌 2008; 45: 107―111. 9）Jin K, Shiga Y, Shibuya S, Chida K, Sato Y, Konno H, et al.: Clinical features of Creutzfeldt-Jakob disease with 脳卒中様の症状で発症した Creutzfeldt-Jakob 病 V180I mutation. Neurology 2004; 62: 502―505. 10）小尾智一，高津成美，北本哲之，溝口功一，西村嘉郎： 左上肢単麻痺で発症した Creutzfeldt-Jakob 病の 1 例． 臨床神経 1996; 36: 1245―1248. 11）Demaerel P, Baert AL, Vanopdenbosch L, Robberecht W, Dom R: Diffusion-weighted magnetic resonance imaging in Creutzfeldt-Jakob disease. Lancet 1997; 349: 847― 848. 12）志賀裕正：特殊な病型の Creutzfeldt-Jakob 病画像．神 経内科 2008; 69: 316―322. 13）Satoh K, Shirabe S, Tsujino A, Eguchi H, Motomura M, 46 : 461 Honda H, et al.: Total tau protein in cerebrospinal fluid and diffusion-weighted MRI as an early diagnostic marker for Creutzfeldt-Jakob disease. Dement Geriatr Cogn Disord 2007; 24: 207―212. 14）渡部雄治，若林規良，妹尾晴夫，長崎真琴，小林祥泰： 頭部 MRI 拡散強調画像上の高信号域病変はミクログリ アの増生を反映している―家族性 Creutzfeldt-Jakob 病 の 1 剖検例から―．神経内科 2002; 56: 353―358. 15）長岡詩子，栗田啓司，細矢貴亮，北本哲之，加藤丈夫： 脳 MRI 拡散強調画像で高信号病変を呈した CreutzfeldtJakob 病の 1 例．臨床神経 1999; 39: 468―470. A case of Creutzfeldt-Jakob disease with stroke-like episode as an initial symptom Kenji Kamogawa１）２）, Takayuki Toi１）, Kensho Okamoto１）and Bungo Okuda１） Abstract A 79-year-old woman was admitted to our hospital, due to acute onset of left hemiparesis and disturbance of consciousness. Although her symptoms improved temporarily, she developed gait disturbance and cognitive deterioration 2 months after the onset. After that, she presented with myoclonus and startle response, followed by akinetic mutism within 8 months after the onset. Serial EEGs revealed no periodic synchronous discharge. Serial diffusion-weighted MRIs showed that high intensity lesions, which initially limited to the right cerebral cortex, gradually spread to the bilateral cerebral cortices and basal ganglia, with relative sparing of central gyri, medial occipital cortices, and hippocampus. Prion protein gene analysis revealed a point mutation (Val→Ile) at codon 180. The result of this patient suggests that this type of CJD might be associated with an atypical clinical course such as stroke-like episode and selective involvement of cortical and subcortical resions. Key words: Creutzfeldt-Jakob disease, Prion-protein, Codon180, MRI, Stroke-like onset (Nippon Ronen Igakkai Zasshi 2009; 46: 458―461) 1）Department of Neurology, Ehime Prefectural Central Hospital 2）Department of Geriatric Medicine, Medicine and Bioscience, Graduate School of Medicine, Ehime University